企業会計基準委員会(ASBJ)は、2024年9月13日、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」等を公表しました。
原則適用時期は2027年4月1日以降開始する事業年度からです。また、改訂されたのは、主にリースの借手の会計処理です。
その中で、実務上特に判断が難しく労力を要するのは以下の2つの論点になります。
リースの識別
新基準ではリースを含む契約は原則としてすべてオンバランスの対象となるため、入口の時点で契約がリースなのかサービスなのかを区分する必要があります。新基準で定めるリースに該当するか否かの要件に照らして判断した結果、一見するとリースに該当しないような契約であっても、契約条件によっては、リースが含まれるケースもあり得ます。
リース期間の決定
リース期間は、必ずしもリース契約上の期間とイコールではなく、延長オプションの行使について合理的に確実な期間をどう見積もるか、判断が難しいケースが考えられます。
上記の2つの論点について、IFRS16号(リース)適用時の経験も踏まえたうえで、実務上の検討ポイントを解説します。
本稿ではリースの識別について解説します。
目次
リースの定義
リースとは、「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約(又は契約の一部)」です。
リースの定義のポイントは、1. 使用対象の資産が特定されていること、2. 資産の使用を「支配」する権利が供給者(サプライヤー)から顧客に移転することです。
上記1と2の両方を満たす場合、顧客が特定された資産の使用を支配しているため、契約にはリースが含まれます。一方で、サプライヤーが特定された資産の使用を支配している場合は、リースではなくサービス契約となります。
なぜリースの定義が重要か?
現行の基準ではファイナンスリース以外の契約はリースでもサービスでもすべて費用処理となるため、リースの定義についてあまり意識されることはありませんでした。新基準では、契約の名称にかかわらずリースを含む契約はすべてオンバランスとなります(短期リース、少額リースを除く)。従って、リースの定義に該当するかどうかにより会計処理が大きく異なるため、重要となります。
リースの2つの要件について、詳細を見ていきます。
要件1. 資産が特定されているかどうか
まずは契約において「資産が特定されているか」を検討します。資産は、通常は契約に明記されていることにより特定されます。例えば、事務所等の不動産賃貸借契約や機械設備のリース契約では、対象となる不動産や機械設備が契約書に明記されていることで資産が特定されます。
ただし、資産が契約に明記されていても、下記の2つのケースは、特定された資産に該当しません。
①サプライヤーが資産を代替する実質的な権利を有する場合
② 資産が物理的に別個ではなく、稼働能力の一部分である場合
【特定された資産に該当しないケース①】サプライヤーが資産を代替する実質的な権利(入替権)を有する場合
下記の両方を満たす場合、サプライヤーが実質的な入替権を有していると判断されます。
・サプライヤーが使用期間全体を通じて他の資産に代替する実質上の能力を有する
・他の資産に代替することによりサプライヤーが得る経済的利益がコストを上回る
【設例】
以下にサプライヤーが実質的な入替権を有するとされる判断例をご紹介します(リースに関する会計基準の適用指針・設例3-1より)。
前提
・顧客は3年間にわたり、商品を販売するために空港内の搭乗エリアにある区画を使用する契約をサプライヤーと締結した
・顧客が使用できる面積及び割り当てられた区画は契約で指定されている。顧客は、商品販売のため、容易に移動可能な売店(顧客が所有)を使用することが求められる。
・サプライヤーは、使用期間中いつでも、顧客に割り当てた区画を空港内の同様の仕様を満たす他の区画に変更することができる。
・サプライヤーは状況に応じて顧客への割り当て区画を変更することで空港の搭乗エリア内の区画を有効活用でき、区画変更によるコスト(サプライヤーが負担する顧客の移動コスト)を上回る経済的利益を得ることができる。
リースを含むか否かの検討
以下の理由により、この契約はサプライヤーが実質的な入替権を有するため資産の特定の要件を満たさず、リースは含まないと判断されます。
契約で資産が明記されているか? | Yes. 顧客に割り当てられた区画は契約で指定されている。 |
サプライヤーが資産を代替する実質的な権利を有するか? | Yes. サプライヤーは、使用期間中いつでも、顧客の割り当て区画を他の同様の仕様を満たす区画に変更する権利を有している。サプライヤーは、区画の変更によりコストを上回る経済的便益を得ることができるため、区画を変更する権利は実質的である。 |
【特定された資産に該当しないケース②】資産が物理的に別個ではなく、稼働能力の一部分である場合
契約において、顧客が資産の一部分を使用することが認められている場合、特定された資産に該当しないケースがあります。
例えば、顧客がサプライヤーが保有する貯蔵タンクの容量の70%までガスを貯蔵する契約を締結した場合を考えてみます。顧客が使用できる貯蔵タンクの70%は物理的に別個のものではなく、貯蔵タンクの稼働能力の一部分にすぎないため、この場合は資産は特定されず、リースには該当しないことになります。
要件2. 資産の使用を支配する権利が移転しているかどうか
1の検討により、契約において資産が特定されていると判断した場合、次はサプライヤーから顧客に資産の使用を支配する権利が移転しているかどうかを検討します。
「資産の使用を支配する権利が移転している」とは、顧客が特定された資産の使用期間全体を通じて、下記の両方の権利を有することを意味します。
① 資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利
② 資産の使用を指図する権利
① 資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利 | 顧客が使用期間全体にわたり資産の独占的使用権を有している場合は、当該資産からの経済的便益のほとんどすべてを得ることができると言えます。また、顧客が当該資産からのアウトプットのほとんどすべてを獲得する権利を有する場合も含まれます。 |
② 資産の使用を指図する権利 | 資産の使用を指図する権利を有する場合とは、下記のいずれかの場合です。
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【設例】
以下に顧客が上記①と②の両方の権利を有するため、資産の使用を支配する権利が顧客に移転しているという判断例をご紹介します(リースに関する会計基準の適用指針・設例6-2より)。
前提
・顧客は、サプライヤーが所有する発電所が供給する電力のすべてを10年間にわたり購入する契約を締結した。
・顧客は、契約により発電所の使用方法(産出する電力の量及び時期)を決定する権利を有する。
・サプライヤーは発電所を稼働し維持管理を行う。また、サプライヤーが他の契約の履行のため当該発電所を使用することはできないことが契約で定められている。
・当該発電所は契約で特定されており、特定された資産の要件を満たす。
リースを含むか否かの検討
以下の理由により、この契約は、顧客が発電所のすべてのアウトプット(電力)を獲得する権利を有しており、かつ発電所の使用方法を指図する権利があるため、リースを含むと判断されます。
資産が特定されているか? | Yes. 顧客が購入する電力を供給する発電所は契約で特定されている。 |
顧客は資産の使用から生じる経済的便益のほとんどすべてを享受するか? | Yes. 顧客は10年間にわたり発電所が算出する電力のすべてを購入する権利を有する。 |
顧客は資産の使用を指図する権利を有するか? | Yes. 顧客は契約により発電所からいつどれだけの電力を算出するのかを決定する権利を有する。 |
実務上のポイント
リースの新基準では、契約の形式からはリースに該当すると思っていなかった契約が、条件や実態に照らすとリースの定義に当てはまるということが想定されます。従って、リースの識別の網羅性をどう確保するかが課題となります。
契約書を一元管理するリストがある場合は、それに基づいて調査することが考えられますが、契約対象により管理担当部門がバラバラであるケースも多いでしょう。この場合、契約の管理担当部門から経理部門への契約情報の収集プロセスをどのように確立するかが課題となります。
IFRS16号(リース)の適用の実務では、賃借料、支払手数料、業務委託料、通信費などリースの対象が含まれている可能性のある勘定科目の明細から該当する契約の有無を調査するといった方法もとられていました。
思ってもみなかった契約がリースに該当し、財務諸表上大きなインパクトが生じることもあり得ます。リースの要件をよく理解したうえで、まずは金額的に大きな契約で該当する可能性のあるものがないかどうか早い段階からピックアップすることが望まれます。
まとめ
以上より、リースに該当する要件をまとめると下記の通りとなります。
リースの要件(1と2の両方) | 検討事項 |
1. 資産の特定 | 通常は契約で明記されることにより特定されるが、下記のケースは資産の特定の要件を満たさない
①サプライヤーが資産の実質的な入替権をもつ ②資産が物理的な別個ではなく稼働能力の一部分 |
2.資産の使用を支配する権利 | 顧客が下記の両方を満たすことが必要
①資産の使用から生ずる経済的利益のほとんどすべてを享受する ②資産の使用期間全体にわたり使用方法を指図する権利をもつ |